忠臣蔵
    1. 私は毎年、年末年始になると赤穂浪士 討ち入りの映画やドラマを見たくなります。もはや「これを見ないと年を越せない」というくらい大好きなお話です。(因みに、主演 片岡千恵蔵の映画「忠臣蔵」と、主演 三船敏郎のドラマ「大忠臣蔵」がお勧めです。)
 
 
これを見るたびに「私はやはり日本人だな…。」と、日本人固有の道徳観に浸り、忠、義、名誉といった武士道について考えさせられます。
 
武士道の名誉、それは現代の私たちが考える名誉ではなく、武士という名誉を惜しみ廉恥を重んじるという名誉。そして主君への裏切りや命への執着は、武士にとって恥辱であるという考え方。お殿様に忠義を尽くし、命をも喜んでささげるという武士の信念は、たしかに、ある時代にのみ通じることだけれど、死を見つめて生を充実させるという武士の死生観は、現代の私たちにも意義ある考え方だと教えられます。
 
(武士道に浸りたい時は、「宮本武蔵 (. 吉川英治)」という小説がお勧めです。)
 
とは言え、今を生きる私たちは簡単には死ぬ覚悟はできないし、それを求められる状況も少ない毎日です。また、現代においては病気、痛み、障害、死については病院や施設に追いやられており、普通の日常では武士の時代のように死を傍らに感じることも少ないと思います。
 
武士の時代は「個人の自由」という概念が乏しい時代だけれど、病院や施設に収容されることは無く、死を自ら選んだり自然に任せるのが一般的です。一方、戦後以降は個人の自由を獲得してはいるものの、病院で死を迎える人が増えています。双方を比較すると、現代の死は、ある種「管理された死」であるようにも感じます。
 
どちらにしても、死とは、家族や友人や恋人が 突然にこの世から消え、いつか自分も消えなければならないという現実。これは なかなか受け入れ難いものです。
 
けれど、この不条理を嘆いていても仕方がない…。そしてどんなに時代が進んでも人間は死に続けているのだから、その現実を慰めるために、自分なりの死生観を持ち、強く成長するしかないのだと思います。時に楽観主義であることも大事だけれど、真実に目を向け、厳しい現実に直面し それを克服するためには、強く生きていくしかないのだと思います。
 
恐らく死を前にしたら、日頃 社会において大切だと思われていることの多く(お金、モノなど)は価値を失うのだろう…。半面、大きな決断を手助けしてくれる機会でもあるかもしれません。死生観を考えることで生を実感し、人生の落とし穴を避け、全てが当たり前ではないことに気付き、感謝の心が溢れるのだと思います。
2020年01月04日