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ヒトがヒトたる所以

 

 

ミケランジェロがバチカンのシスティーナ礼拝堂の天井に描いた『天地創造』。その作品中に密かに込められたと言われる、秘密のコードとして知られる『脳』の絵がある。

 

 

人間は昔から脳の何たるかを追求しようとしている。その未知なる世界はすべてが解明されているわけではなく、今もなお研究され続けている。

 

そして、別に研究者や芸術家じゃなくても、『認知症にはなりたくない』と思い『自分の脳は大丈夫か?』と気になったり、テスト勉強をしながら『どうしたら早く大量に物事を脳に記憶できるか』なんてテスト勉強そっちのけで真剣に考えてみたり、あるいは『恋愛の最中で悩んで頭がおかしくなる』なんて言いながらドーパミンなどの脳内物質をバンバン分泌していたりする。このように大なり小なり多くの人が、脳に対する興味を持つきっかけを経験している。

 

記憶、思考、感情、意識、知覚、運動、言語…それらを司っているのが脳であり、それらの機序について判明していることも多いが、学べば学ぶほど難解で未知な部分も多く、一方で脳の神秘性に気づいた時、得をしたような驚きや感動がある。

 

因みに昨年の雑誌サイエンスに、とある論文が掲載された。(タイトル:Human-specific ARHGAP11B increases size and folding of primate neocortex in the fetal marmoset, DOI:10.1126/science.abb2401)

 

チンパンジーには無くヒトにだけ存在する特異的な遺伝子(ARHGAP11B)を猿(コモンマーモセット)に導入したという内容の論文だ。親のマーモセットのお腹の中で、ARHGAP11Bを持っている胎児のマーモセットを育てたところ、胎児の脳のシワが増えたことが確認された。ある意味 人間化したマーモセットを作成したとのことから、倫理的問題を考慮し、胎児の発育途中で帝王切開により胎児を取り出し、データのみ解析されたというもので、その解析結果が掲載された。

コモンマーモセット(web猿図鑑より)

 

 

衝撃的・・・。

 

 

『ヒトがヒトたる所以』について思いめぐらせてくれる内容の論文である。既に6年前にヒト特異遺伝子ARHGAP11Bが発見されていたことにも感心するが、この論文はさらに前進し、ヒトの進化の過程を論じるにまで至っている。

 

天才ミケランジェロは神が人間に知能を与えたことを『天地創造』の絵に込めたとされているが、仮にミケランジェロがこの論文を読んでいたら、どんな『脳』の絵を描いていただろうか。

 

 

2021年06月28日
ツンドラ

 

 

ツンドラ。それは地下に永久凍土が広がる北極海沿岸地域のこと。

 

けれど私にとってのツンドラといえば、まず、あのロシア料理店が頭に浮かびます。福岡県民に永いこと愛されてきた、1960年に中央区大名に創業されたロシア料理店です。患者さんとの雑談の中でも普通に『この前、ツンドラに行った時にね~』なんて弁もあり、確かに多くの人に親しまれていたという証拠と思われます。

 

そのロシア料理店が、2021年5月7日に閉店の運びとなり、またまた昭和の名残が福岡から一つ消えるのかと思うと、寂しさが身に迫ります。

 

(外観, 母, 姉 2021/5/1)

(外観, 母 2021/5/1)

(店内の様子 2021/5/1)

 

きっと誰しもあの場所、あのお店、あの人など、『あの時は気にも留めていなかった』目にしていたモノが消滅してしまう時、何とも言えない寂しさを感じてしまうという経験はあると思います。『思い出が詰まっている』モノというのは、かけがえのない大事な想い出です。

 

60年近く続いた料理店であったという事実を前にすると、この料理店にも自分にも歴史を感じます。そして少なくとも私が幼稚園児だった頃から現在に至るまで、お料理内容も、お皿も、全く変わっていない。時代の流れに迎合せず、だからこそ多くの人に愛された料理店だったのだろうと思います。

 

因みにこの写真は、ツンドラの定位置にず~っと置いてあるマトリョーシカ人形です。パッと見、何個あるか分かりますか?※解答はブログ最後に記載しました。

(2021/5/1)

 

私が子供の頃は『今日はお爺ちゃんたちと一緒ね』『お久しぶり』などと仰る(102歳で亡くなられた)元オーナーが、いつも出入り口付近のレジの所に座っていらっしゃいました。それはレストランとしては普通のことかもしれないけれど、閉店してしまうとなると、とても特別なことであったように思えてしまいます。数多の飲食店がある中で、あえてツンドラ閉店のニュースが新聞に載っていましたが、やはり多くの人たちが同じ思いでいるんだなと確認しました。

 

 

こんなに愛されていた料理店があったでしょうか。私も多くの人たちと同様、名残惜しい…。

 

 

なので今日は特別な気持ちで、ツンドラでの最後の晩餐を堪能してきました。コロナ禍で予約制限されているというお店の配慮もあり、安心して静かに過ごすことができました。そして普段は料理の写真なんて絶対に撮らないけれど、今日ばかりは残しておきたかったので写真に収めさせていただきました。

 

 

まず、いつもの席でいつものコース料理を注文。

(左から:妹, 私, 弟, 姉 2021/5/1)

 

私の知る限り40年近く全く変わらない前菜。

(2021/5/1)

 

最近は前菜を各自盛りに変えたとのことでしたが、『最後まで、いつも通りの大皿にまとめて盛って欲しい』と我儘な母の希望を快く聞き入れてくださいました。

(左から:母, 弟 2021/5/1)

 

世界一のピロシキ。

(2021/5/1)

 

亡きオーナーがビーツの代わりにトマトピューレを使用して考案した、ツンドラ独自のボルシチ。

(2021/5/1)

 

ステーキ。付け合せの種類も全く変わらない。

(2021/5/1)

 

子供の頃には一番好きだったグリバーミ。

(左から:妹, 私, 弟, 姉 2021/5/1)

 

変わらないアイスカップに乗ったアイスを食べ、

(2021/5/1)

 

ロシアティーを飲んで完結。

(妹 2021/5/1)

 

毎度のごとく、ほろ酔い気分で気持ちよく、残ったウオッカも忘れず持って帰ります。

(2021/5/1)

 

見慣れたマトリューシカの前でお馴染みのボーイさんへ会計。こんなに満足してお腹がいっぱいになるのに良心的な値段だったということも、人気だった理由なのだろうと思います。

(正面向き:ボーイさん 2021/5/1)

 

ツンドラとのお別れ。

いつも良くしていただき有難うございました。

(左から:妹, 弟, 姉, 現オーナー, 母, 私, ボーイさん 2021/5/1)

 

 

 

 

解答:マトリューシカは17個並んでいます

 

 

2021年05月01日
木の芽時

 

 

何となく体が重く、突如、やる気消沈。花や緑は美しい季節なのに、こっちの気分は鬱々悶々。木の芽時の今日この頃…。

 

 

そんな時、以下の方法で、私は逃避する。

 

 

①入浴

やるべきことはひとまず置いておいて、ぼ~っとお風呂に浸かります。何でもないことだけれど、意外とすっきりするものです。ついでにムダ毛の処理なんかを念入りにすると、さらに気分が良くなります。古代ローマ時代から存在する入浴は、好き嫌いはあれど、リラックス効果を得るには悪くない方法だと思う。

(古代ローマの入浴場) tabizine.jpより

 

②害のない動画を見たりする

‘地球誕生’や’自然や動物’や’宇宙について’とか。’世界のびっくり仰天’みたいな動画も覗いたりします。画像も綺麗だし、分かり易いし。有るべき場所に行かなくても見ることができるって、本当にネット社会の良いところだと思う。日常と関わりの無いことに感心すると、得した気分になるし、そもそも単純に面白い。面白いと思うことって、色々なことを払拭してくれる。鬱々とした気分を吹き飛ばしてくれる。

(NASAによるブラックホール映像)YouTubeより

 

③友達と話をする

コロナ禍じゃなくても、皆 忙しくて事情もあって会えないことが多い。だから結局、話をしたければ唐突に電話するしかないのだけれど。相手は迷惑かもしれないが、意外に連絡すると喜んでもらえる。そして私自身、スッキリする。笑いを提供してくれて、私の悩みを大したことないと言って前向き思考になるよう促してくれて、違う職種であれば色々と斬新なことを教えてくれる。日常の悩みが過大評価していたに過ぎないものだと気付かせてくれて、思考回路がリセットされて新たなスタートラインに立つ心地になり、何気なく奮起が芽生えるきっかけを与えてもらえます。

 

④体を動かす

当たり前だけれど、じっとしていたら何も変わらない。逃避するにしろ、何かに向かうにしろ、体を動かさないと何も始まらない。風にあたって外で体を動かすには、一番良い季節ですね。

 

⑤寝る

逃避の最たる方法だと思う。私は亡き祖父に『お前は軍隊向きだな』と言われるほど、寝たい時に何処ででも眠ることができる。ただしこの方法を実践する場合は注意を要します。起きた時の状況を考慮して眠らなければ、目覚めた時に事態が最悪と化している恐れがある。また、寝すぎると余計に疲労感を助長する恐れがある。そして、どうやら(私は経験が無いが)眠れないのに寝ようとすると眠れないストレスが溜まるし、寝ようとしても眠れない場合、大抵は負の思考に陥ってしまう。要は、眠たくなって寝床に入り、決めた時間に起きるということがポイント。(※不眠症の方はこれ以上に注意点があります。)

 

 

自分の状況に合わせてそんなことをしてみると『とりあえず明日も頑張ろうかな』って気になります。

 

 

今月は特に、色々な検査をしても大きな異常所見が見当たらない頭痛、動悸、眩暈、倦怠感、肩〜頸にかけての痛みなどを訴える患者さんが多く来院されました。そんな患者さんたちと話し合っていると、お互いに『木の芽時』が原因ですね、と納得するに至ることもしばしばです。

 

 

皆さんは、どんな風に木の芽時を過ごしていますか?

 

 

 

2021年04月25日
美容整形

 

日常診療では、面白い話をして診察室を笑いに包んでくれる患者さんが沢山います。

 

血圧も安定していて、毎日のようにジムのプールに通ってスイミングを楽しんでいる70歳代の彼は、よく彼の日常で ‘ふと思ったこと’ や ‘出来事’ について話をしてくれます。

 

とある彼の受診時に『僕ね、先生は知らないだろうけど○○のファンだったんだ!美容整形なんかしなくても、もともと可愛い顔だったんだよ。』と話し始めました。『僕の顔はそのままで十分イケてるから整形なんて必要ないけど。(笑)』と言って、美容整形についての彼の持論を面白おかしく展開され、私も看護師さんも大笑い。

 

○○とは女性歌手で、公式発表では心不全で亡くなっていた方のことでした。聞いてすぐには彼の言うとおり『誰??』と思ったのですが、後でインターネットで検索すると、私でも知っている歌を歌っていた女性の歌手でした。なぜか歌だけを記憶していて、その女性歌手の顔は記憶にありませんでした。なので改めて『ファンだったんだ』と言う彼の女性の好みを確認しながら、その女性歌手の顔写真を見てみました。

 

なるほど、美しく美容整形されているお顔です。

 

彼に限らず、患者さんから美容整形についての話題を提供されることは しばしばあります。『眼瞼下垂の手術をしたら目が可愛くなってしまったよ~!』と言って笑いながら報告してくる60歳代の男性患者さん、顔の色素沈着(シミ)の治療で皮膚科に定期通院している70歳代の女性患者さん、付け睫毛が綺麗なシングルマザーの30歳代の患者さん…。美容整形について肯定的な意見もあり、否定的な意見も散見されます。

 

そして面白いことに、美容整形や人間の容姿にさほど興味がない方も、もしも隣で ‘美容整形についての是非’ について論じられていたら、何らかの持論を主張したくなる衝動に駆られてしまいます。’美しくありたいと願う気持ちは古今東西を通じて人間が持つ感情である’ という事は、割と多くの人が理解しやすい価値観だからだと思います。だから人間社会における美への追求は、各々に興味があろうとなかろうと、今後も延々と続いていくのでしょう。

 

 

そもそも地球上の生物の大半はオスとメスの世界。

(ジャガイモ、ゾウリムシ、人体内のマラリア原虫などの世界は、雄雌の世界ではありません。)

 

(千代田之大奥 歌合 橋本(楊洲)周延画)

 

そうでなければ、私は、髪もとかない、顔も洗わない、化粧もしないような生活をしているかもしれない。

 

世の中は結果で評価されることが多く、努力=立派という価値観が建前に感じることがあります。なぜなら、努力はいつか報われるという思想に対する矛盾を感じる機会が、少なからず有るからです。親や先祖から授かった遺伝的素因やルーツ、移動困難な場所に居るという現実、生きている境遇や環境、全国民を納得させる政治、様々な試験の合否など、並大抵の努力では改変が望めない事柄は現実として存在します。それらに対して世間から批判され、どうにか立ち向かわなければならなくなった時、どうしよう…。

 

持って生まれた容姿を自嘲したり否定されたりした時、どうしよう…。

 

私は恐らく『いや、人の価値は容姿で評価されるものじゃない!』と言い張る努力をしてみるかもしれない。けれど現代社会に生きる私たちは『美容整形をする!』という努力の仕方もあるという事も、知っている。

 

 

2021年03月21日
新しいワクチン接種を行うということ

 

 

当院での新型コロナウイルスワクチン接種についての詳細は『お知らせ』『新型コロナウイルスワクチンについて』をご参照ください

 

『ここのクリニックで新型コロナウイルスのワクチンを接種したい!』と訴えられる当院かかりつけの患者さんが多いということに、正直なところ驚いています。私は『新しいワクチンを接種をするならクリニックとかではなく、大病院や集団接種会場で接種したい』と多くの人が考えているだろうと思っていたからです。

 

昨年5月頃から世界的に新型コロナウイルスワクチンの臨床試験が始まって以来、MEJMなどで多岐にわたる医学論文が続々と発表されている中、今月から日本でもワクチン接種が開始になり、クリニックレベルでの接種も推奨されるようになりました。この一連の流れは多くの人の予想の範疇であり、何よりワクチン接種の早期実践を望むことは誰しもが理解できる世界の総意でもあったと思います。ワクチン承認のための交渉など政治的側面はさておき、各国のワクチン開発事業は努力しながら現在も進行中であり、当院では新しいワクチンにあやかりながら適宜対応する方法を常に思案しているところです。

 

しかし実際に新しいワクチン接種を自院で行うということをシュミレーションすると、非常に煩雑なことが多く、また、様々なジレンマが交差するのも事実です。ワクチン接種に関する市との契約、予約システムの構築、ワクチンの手配、ワクチン接種に使用する物品準備、ワクチン接種後の請求…。普段の診療とどう並行して行うか、接種を希望する患者さんの予約をどう采配するか…。思案するも最適な方法が見いだせないまま、現在に至っているのが現状です。自院でワクチン接種を行おうとするだけでも大変なのに、まして国や市などの大きな単位で指針を決定するのは、さぞかし骨の折れる仕事であろうとも思います。

 

ちなみに、日本で医学生を経験した者は、先進国といわれる日本が他国と比べてワクチン接種に遅れをとっているワクチン後進国であるという事実を、様々な理由と併せて公衆衛生学として授業で学びます。したがって、それをなぞる様に『日本のワクチン接種は遅れている』との報道が加熱し、それに触発され『封じ込めが大事だ』と当たり前のことを豪語している人がいることも、大いに理解できます。けれど、自分が解決できないことを他人に強いている他力本願に気付き、社会的問題はすなわち社会の一員である自分も問題であると捉えなければ、本質を見抜けない。知らぬ間に従属させられたくなければ、自分が満足する結果を得たいのであれば、問題を明確にして解決するための方法を自分で考え、他者と協力しながら自分が出来る限りの事をしなければならないのだと思います。大学の授業ではなく現実として詳細に日本のワクチン接種のあり方を経験している今、私自身の机上の空論的考え方が通用しないことを実感しているが故に、非難されている政府やお役所の方々に同情を寄せてしまう部分もあります。

 

時に、難しく考えているつもりになっているだけだと自分に言い聞かせながら、しのごの言わずに、私は私で開業医として出来ることを粛々とやれば許されるだろうと思ったりもします。

 

時に『面倒やけん、ここでワクチン打ちたい』と言う患者さんを前にした時、そういう単純な意見を待つ人が居ることにすら考えが及んでいなかった自分に意気消沈し、同時に何とも言えない空虚感を覚えたりもします。

 

しかし結局は『安心できるから絶対にここで打ちたい!』『私なんかの年寄りが若い人よりも先に打つのは気が引ける』『先生は大変だろうけど、ここで打てれば有難い』『ここでワクチンを打つって決めとるから、待っとるけん!』と患者さんに言われると、切実にどうにか応えてあげたいという気持ちになります。地域のかかりつけ医として患者さんのニーズに応えるということが私の義務であるということを思い出させてくれて、加えて激励までしてくれて、奮起を促してくれる私の患者さんたちが居る…。いつも私の背中を押してくれるのは、患者さんからの温かい言葉です。医者冥利に尽きる瞬間というのがありますが、それは例えばこんな時なのだと、しみじみ思います。

 

 

有難いことに当院の心強いスタッフの方たちに支えられているという救いもあるため、どうにか今抱えている難を乗り切ろうと思っています。

 

 

 

2021年02月28日
雪。その心は…

 

 

昨夜、雪が降りました。

(2021/1/7 クリニック前にて)

 

雪が積もりました。

(2021/1/7 クリニック前にて)

 

雪が降ると感傷的になる母。

それに同調できない私を無味乾燥だと批判する母。

 

だけど私は私なりに、雪に物理学的な浪曼を感じている。価値観の相違である。

 

『価値観とは絶対的なものではなく、時代や文化や環境が違えば異なる。つまり価値観とは、人間を含め地球上の生物それぞれのものである(相対主義)』。確かに…。

 

およそ2500年前の古代、ソクラテスは言いました。『絶対的な正義は存在する(絶対主義)』。彼は正義とは何かの答えを探求したけれど、当時の世界において多数派を占める相対主義者から罪を着せられ、最終的には死刑になった。

 

プラトン(ソクラテスの弟子)は言いました。『私たちが見たり触れたりできる個々の物事は、実はイデア(真実在)という原型にすぎない。(イデア論)』’個々の物事’と’真の実在(イデア)’は厳密に区別されており、人間は既に’美のイデア’や’善のイデア’を内在させているが故に、美や善を感じるとのこと。イデアこそが本質的な絶対的存在であり、個々の物理学的な実体はイデアの影にすぎないという考え方。う~む。これは難しい概念だ。

 

確かに、例えば三平方の定理は宇宙が誕生した時から既に存在していたと考えられなくもなく、しかしその定理は物質として存在しているわけではなく、とすれば物質を超えた数学という世界(ある種のイデア)を想定した上で存在している定理だといえなくもない。数学的法則が何らかの形でとにかく存在しており、その後 人間が誕生して、その定理の存在に気づいたと片付けても良いかもしれない。とはいえ、主語を’数学的法則’ではなく’善悪や正義’に置き換えると、それは途端に理解に苦しんでしまう。宇宙誕生と同時に既に善悪や正義が存在しており、その後 人間が誕生して、善悪や正義に気づく…。う~む。

 

永遠普遍で絶対主義的な概念世界であるイデア界が成立しているのであれば、『善のイデアのイデアは?』『善のイデアと悪のイデアは矛盾するのでは?』という問いに答えられないことになるというのにも頷ける。性別、国籍、人種、文化、環境の違いに依らず、全ての生物に当てはまらなければならない概念なのだろうけれど、実際、母は夜中に舞っている雪を見て哀愁や美しさを感じ、私は雪の運動を見て物理法則を連想する。私の家の庭に居るであろう蟻(アリ)は、恐らく土に潜っているか雪を避けて動き回っているだけで、そこにあるイデア界が何たるかは言語化できない。

 

雪が舞う光景に哀愁や美しさを感じている母に対し『雪が美しいのではない。美のイデアが存在しているから美しいと感じているのだ。人間の理性や感性もイデア界にあるからこそ、雪を見ることでイデア界にある美の本質を想起することができるのだ。』なんて論理は通じない。そもそも母にとっては、どうでもいいことだ。

 

(さらに…)

2021年01月08日
今年の一字

 

毎年12月になると、日本漢字能力検定協会が、その年をイメージする漢字一字を日本全国から応募し、応募数の多かった漢字を京都の清水寺で発表しています。

 

 

今年は『密』と発表されましたが、皆さんにとっての今年の一字は何ですか?

 

(digital PR platform)

 

極月(12月)は、ふと1年間を振り返ってしまう時期だと思います。皆それぞれに、2020年という1年間を過ごし終え、悲喜交々な想いが湧きたつ時期だと思います。

 

漢字一字で今年1年をイメージするとなると、自身の身に起こったこと、努力の成果、世相、事件、様々な課題…などについて考えが巡ります。確かに2020年は『密』を選択した人が多いように混沌とし、2020年に置き去りにしたい部分もある1年間ではありましたが、そんな状況の中でも、小さな確かな幸福を感じることもあり、今年限りと諦めきれないこともあります。

 

 

私の今年の一字は『叶』という一文字です。

 

 

『叶』の音読は『キョウ』、訓読は『かな(う)』です。『叶』は『協』の異字体であり、総じて『十』人もの多くの人『=口』が共同して力を出し合うこと『=協』と言えます。

 

 

今年も1年間、様々な人の御協力をいただきました。本当に感謝しています。

 

 

そして、○○さんの癌治療がうまくいきますように。△△さんのお父様が回復しますように。□□さんの不整脈が悪化しませんように。××さんの症状が安定しますように。私の患者さんたちが皆、笑って来年を迎えられますように。末永く家族が健康でいられますように。

 

 

頑張っている人の願いが叶いますように。

 

 

2020年12月24日
選挙

 

 

アメリカ大統領選挙中のこの頃。
 
 
考えたら内閣総理大臣指名選挙、知事選挙、市長選挙、生徒会選挙、PTA役員選挙、地域役員選挙、教授選挙など色々な選挙がありますね。
 
自分が立候補したり投票したりと積極的に参加する選挙もあれば、突き詰めれば自分も関わってはいるものの対岸の火事のように思えてしまう選挙もあります。また、往々にして大規模な選挙戦というのは白熱し、自分と直接的に関係する選挙では様々な思惑が渦巻きます。
 
 
だけど例えば『鉄腕アトム』対『マジンガーZ』なんて意味の無い選挙があっても面白いと思う。ということで今回は、勝手に選挙を催し独断で投票させていただきます。
 
 
第一戦:鬼滅の刃VS千と千尋の神隠し
 
興行収入でせめぎ合っているが、個人的にはジブリ作品に軍配が上がってほしい。
 
 
第二戦:AKB48 VSおニャン子クラブ
 
私はモーニング娘の世代だが。結果予測を立てるなら、数の論理から優勢なのはAKB48か。けれど、どちらが勝とうと真の勝者は秋元康ただ一人。
 
 
第三戦:金城武VS木村拓哉
 
間違いなく、金城武に票を投じる。格好いいから。以上。
 
 
第四戦:明石家さんまVSビートたけし
 
一緒に飲みに行く機会があるなら…と変換して考えたら、さんま。酒を酌み交わしながら始終 笑わせてもらえるなんて楽しすぎ。そもそもビートたけしは好きじゃない。
 
 
第五戦:越路吹雪VS美空ひばり
 
かなり迷う。越路吹雪の声には類稀な色気を感じるからずっと聞いていたいし、美空ひばりの唄の歌詞には心揺さぶられる。
 
 
第六戦:織田信長VS豊臣秀吉
 
カリスマ性という点では同等と思う。成り上がりから天下をほぼ手中に収め、後の豊臣家の衰退を知らぬ間に老衰し幸せだったであろう秀吉だが、どちらかの人生を代わりに生きられるとしたら…波乱万丈で豪快な信長を選ぶ。
 
 
第七戦:スターリンVSヒトラー
 
彼らの主張を聞いたところで結果的には無記名投票するが、彼らの本音や根底にある倫理観念などの思考回路については興味がある。しかしそれらは、彼らの母親か愛人か真の友人にでもならなければ知ることは出来ないだろう。因みに各々の政権が虐殺した人数を比較すると、スターリン政権の方が多いようだ。
 
 
第八戦:アインシュタインVSニュートン
 
ニュートン力学を経た歴史があってこその特殊相対性理論だと思う。特殊相対性理論の端を発したアインシュタインは天才と思うが、1600年代に慣性の法則を含め運動方程式や万有引力、さらに微分積分法を若干20歳代で見い出したニュートンもまた天才的と言える。ニュートン力学に加え光速度不変という原理が加わり導かれた特殊相対性理論は、宇宙の未知の解明につながるであろう浪漫を感じるため、この選挙は連記投票とする。
 
 
第九戦:ベートーベンVSモーツアルト
 
偉大な音楽家であるにもかかわらず共同墓地に葬られたモーツアルトの人生は、インパクトが絶大。ゆえにモーツアルトの曲は全てがドラマチックに聞こえる。『キラキラ星♪』でさえ天才の悲哀を感じ、遺作である『レクイエム』に至っては未完成であり、もはや聖域の様相。よってモーツアルトに一票。
 
 
第十戦:キリストVSブッダ
 
良し悪しでは投票できない、壮大な選挙である。個人的にはキリストの主張は理解するのが難しく、逆にブッダの主張は理解しやすい。自然ありきの神、神があっての自然、どちらかと言えば前者の方が理解しやすい。理屈では選択できず、結局、日本国で日本人として生まれた習性が、無意識にどちらかへ誘導する気がする。
 
 
 
因みに私は消極的な質であり、小学校の時の班長にすら立候補したことはありません。
 
 
2020年11月02日
人類は感染症と戦っている
  1.  
感染症関連の記録いついては、古くは古代エジプト文明や古代メソポタミア文明のものが存在することを知っていますか?
 
疫病(はやり病)として恐れられ、祈ることで回避しようと神事が行われていた太古の様子を想像すると、何となく現代の私たちにも理解できる感覚だと思います。
 
感染症の歴史を紐解くと、命を脅かすモノの怖さから医学の進歩があるということ、また、感染症は社会経済や文化に多大な影響を及ぼすものであるということを実感します。昔も今も、未知の感染症によって人類の社会経済的な営みが左右され、同時に医学が一歩前進するきっかけにもなっているのです。
 
今回は、そんな感染症についてのお話です。医学的に詳しいことはさて置き、少しでも興味を持っていただければと思います。
 
(手塚治虫『ブラックジャック』より)
 
 
そもそも、あらゆる感染症の原因って何でしょう?
➡︎ ズバリ病原微生物です。医学では病原微生物は、細菌、ウイルス、真菌、寄生虫などに分類されます。
 
では、人類が病原微生物を認識したのはいつ、どういう経緯なのでしょう?
➡︎ 感染症の『伝染性』が発見され『隔離』が感染拡大を止めると言われたのは1020年頃で、その後、何らかの微生物が人間の体内に侵入して感染症を発症するとの仮説が立てられました。そして医学で特に有名な出来事が、1680年代のレーウェンフックによる光学顕微鏡 (私たちが普通に知っている顕微鏡) の発明です!これにより、人類は初めて 細菌という病原微生物を肉眼で見られるようになったのです!!ちなみに 細菌を意味する ’bacterium’ とういうラテン語が出現したのは1830年代です。つまり、19世紀以降になってからやっと、世界中の学者らが地道に探して病原微生物を発見してきた歴史があるのです。
 
皆さんは、どんな病原微生物を知っていますか?
➡︎ 以下は、19世紀20世紀初期に発見された病原微生物の一部です。※医学では特に細菌学や解剖学などではラテン語を使用します。
 発見年代
 病原微生物
 病名
 1875
 Mycobacterium leprae(らい菌)
 ハンセン病
 1880
 Plasmodium
 マラリア
 1883
 Vibrio cholerae(コレラ菌)
 コレラ
 1884
 Clostridium tetani(破傷風菌)
 破傷風
 1898
 タバコモザイクウイルス
(人類初のウイルス発見)
 
 1894
 Yersinia pestis(ペスト菌)
 ペスト
 1898
 Shigella(赤痢菌)
 細菌性赤痢
 1905
 Treponema pallidum
 梅毒
 1906
 Bordetella pertussis
 百日咳
 1909
 Salmonella enterica subsp
 腸チフス、パラチフス
 
(池田理代子『栄光のナポレオン』より)
 
 
現在、様々な細菌やウイルスが発見されていますが、問題となるのは①『未知な感染症あるいは、局地的または国際的にある地域から他の地域へ急速に広がりつつある感染症』②『既に知られているが、最近、再び問題となってきた感染症』でしょう。
 
医学(公衆衛生学)では①のことを新興感染症、②のことを再興感染症と分類します。
 
近代に発見または確認された主な新興感染症には、例えば以下のようなものがあります。聞き覚えのある感染症もあるのではないでしょうか?当然、最近 発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)も、新興感染症の歴史の一部になります。
 
 年代
 病原微生物 
 病名
 1976
 エボラウイルス
 エボラ出血熱
 1980
 HTLV-1
 成人T細胞白血病
 1981
 HIV
 エイズ
 
 ヘリコバクターピロリ菌
 胃潰瘍
 1982
 病原大腸菌O-157
 溶血性尿毒症症候群
 1986
 プリオン蛋白
 ヤコブ病、狂牛病
 1989
 HCV
 C型肝炎
 1992
 コレラ菌O139
 新型コレラ
 1997
 鳥インフルエンザウイルス(H5N1)
 新型インフルエンザ感染症
 2003
 SARSコロナウイルス(SARS-CoV)
 SARS(重症急性呼吸器症候群)
 2009
 インフルエンザウイルスA(H1N1)
 新型インフルエンザ感染症
 2012
 MERSコロナウイルス(MERS-CoV)
 MERS(中東呼吸器症候群)
 2013
 鳥インフルエンザウイルスA(H7N9)
 新型インフルエンザ感染症
 2019
 SARSコロナウイルス2(SARS-CoV2)
 COVID-19
 
(アフリカ西部のエボラ治療センターにて。錯乱状態に陥った男性患者を保護するスタッフ。2015年 National Geographicより)
 
 
では、現在までに発見されている病原微生物を退治する方法(治療薬)が、果たしてどれだけあるのでしょう?
➡︎ 病原微生物の最初の発見は 細菌であり、19世紀初期であると前述しました。感染症に対する世界最初の治療法というのは、その 細菌を退治する抗菌薬(抗生物質)の発見でした。それこそが、20世紀に入ってからの1929、フレミングが発見したペニシリンです!その後、有難いことに医学研究者らの努力により、着々と抗菌薬が開発されてきました。皆さんご存知、ちょっと昔までは不治の病とされていた結核は、1960年代になって初めて結核菌に対する抗菌薬として抗結核薬が開発されました。そして、ある抗菌薬が多種の細菌に奏功するような広域抗菌薬の開発なども進み、現在進行形で医療に使用され恩恵を被っているのです。
 
一方、細菌だけでなく ウイルスに対する治療薬(抗ウイルス薬)も同様、常に開発を試みられています。ウイルスは細菌よりも小さいため、その発見や構造については細菌よりも遅れて、電子顕微鏡などの高度な顕微鏡の開発や遺伝子工学の発展により明らかにされていくことになります。
 
当然ながら、治療薬が無い病原微生物もたくさんあります。というよりも、ある種の細菌やウイルスに対してのみ治療が可能なわけであり、治療薬が無い病原微生物に感染し症状が出現した場合は、対症療法で対応するしかありません。対症療法とは疾病に対する根本治療ではなく、症状を和らげる治療のことです。発熱により頭痛や脱水を来していれば解熱鎮痛薬や捕液を投与したり、あるいは肺に炎症を起こして呼吸ができず血液循環も滞っている状態であればVA ECMOを回したり輸血をしたり…などの治療の事です。
 
よって残念ながら、治療薬やワクチンが存在しない感染症については、その開発を待つしかありません。
 
(手塚治虫『ブラックジャック』より)
 
 
コロナウイルス関連のお話〜
 
因みにコロナウイルスは、もともと『単なる風邪』の原因ウイルスの1つと位置づけされており、ライノウイルスやRSウイルス、インフルエンザウイルスなどと並ぶ、風邪症候群の原因ウイルスであると定義されていました。そして、これらウイルス性の風邪症候群の治療薬として現存するのは、インフルエンザウイルスに対する抗インフルエンザ薬のみです。現時点では、抗コロナウイルス薬や抗RSウイルス薬、抗ライノウイルス薬は存在しないのです。
 
まして遺伝子変異したコロナウイルスに対する治療薬は、存在するはずもありません。
 
 【新型コロナウイルス感染症】
2003SARSコロナウイルス(SARS-CoV)
  → SARS(重症急性呼吸器症候群)
2012MERSコロナウイルス(MERS-CoV)
  → MERS(中東呼吸器症候群)
2019SARSコロナウイルス2(SARS-CoV2)
  → COVID-19(2019年のコロナウイルス感染症)
 
そこで世界は、SARS発生時もMERS発生時も、今回のCOID-19発生に対しても、既存薬の転用を検討しました。それが、レムデシビル(エボラウイルス治療薬)、ファビピラビル(抗インフルエンザ薬:商品名 アビガン)、ロピナビル/リトナビル(HIV)、リバビリン(HCV)などの抗ウイルス薬や、クロロキン(抗マラリア薬)、イベルメクチン(寄生虫治療薬)などです。
 
当然、『とりあえず試してみよう』との安易な発想ではなく、2003SARSのパンデミック(世界流行)の最中に『どうやらAIDS治療中の患者(HIV薬投与中の者)は、コロナウイルスに感染しにくいようだ』との研究結果が発表されたり、SARSMERSの経験を契機にコロナウイルスに関する研究が盛んになったことで『既存薬はコロナウイルスに効果があるかもしれない』との仮定が立てられ使用されたりしたことで効果が期待される結果が出たりと、世界が新興感染症のパンデミックを経験した歴史があるからこそ、今につなげることができるのです。感染症のパンデミックこそが、薬理学的、細胞学的、微生物学的に複雑な研究が始動するきっかけになっているのです。逆に言うと、いつ現れるか分からない新たな遺伝子変異したような病原微生物に対して、アウトブレイク(感染症の突発的発生)が生じる前にワクチンや抗ウイルス薬を開発しようとすることは現実的ではないということです。
 
(手塚治虫『ブラックジャック』より)
 
遺伝子変異さえしなければ、単なる風邪症候群の原因ウイルスのまま世間で有名になることは無かったコロナウイルス…。
 
201911月末に中国武漢市において新型コロナウイルスとして遺伝子変異したコロナウイルス(SARS-CoV2)が発見された時、SARSMERS以来の新型コロナウイルスの出現に、世界は再び焦りました。しかし、経験から学び、挑み戦うしかないのです。
 
まずはSARS-CoV2の構造の詳細を解明し、既知のコロナウイルスとどう異なっているのかを調べることから始まります。そしてSARS-CoV2が発見されたと同時に、あれこれと研究や調査が行われ始めていた頃、20201に、クルーズ船 ダイヤモンドプリンセス号でSARS-CoV2感染者のクラスター(集団)が発生しました。即、船内の感染症患者をもとに、SARSMARSの症例と血液検査上のデータがどう違うのか、また、感染経路の追跡や感染様式(飛沫感染か空気感染かなど)の断定など、できる限りの情報収集と調査が行われました。
 
同時に(20201時点で) WHOCOVID-19について世界中に警鐘を鳴らしたことで、医療者は、コロナウイルスが体内にどう侵入し、体内でどう影響し臓器障害を及ぼすのかなど、単なる風邪症候群の原因ウイルスでしかなかったコロナウイルス感染の病態生理について、改めて見直すきっかけを与えられました。そして、遺伝子変異したコロナウイルスについてのデータ(既知のコロナウイルスとの構造の違い、感染力の違い、感染後の経過の違いなど)の統計や調査結果を待っていました。
 
そして現在に至り、様々な研究結果が続々と提出され、これからも追及されつつ、確たる治療薬や安全性が確立したワクチンの普及が待望されているところです。
 
様々な人が、感染症と戦っている〜
 
人類は常に医学の進歩を目指していますが、医学は万能ではありません。当然、可能なことと不可能なことがあります。だからこそ、可能な範囲で精一杯の医療を行おうとするのが、医師の役割りなのだと思います。
 
実際、新型コロナウイルス感染症として位置付けされているSARSMERSCOVID-19に対して現時点で可能な医療とは、前述した1020年頃より提唱された『隔離』と、重症化や死亡を回避させるための『対症療法』、そして『基礎疾患のコントロールを良好に保つこと』しかありません。幸いなことに遺伝子工学が進んでいることで体内のウイルス検出は可能なため、PCR法やELISA法といった既存のウイルス検出の方法で『○○ウイルスに感染しているかどうか』の判定は可能であり、ウイルス検出の検査をした者の中から、隔離すべき対象者を抽出することはできます。
 
現時点ではコロナウイルスに対する抗コロナウイルス薬が無いこと、そして新型コロナウイルス感染症の予後には大きな差があり(軽症~重症まで様々な経過を辿るデータが出ており)、また、新型コロナウイルス感染症は感染症法に則った分類でいう2類相当に指定されたままであるということも、医療現場での治療や環境を制限せざるを得ない要因になっており、医療者を悩ませているところです。一方、新型コロナウイルスに対するワクチンが続々と開発されていますが、医療に携わる多くの医師の本音として、有害事象が不明で安全性が確立していないワクチン接種の使用は躊躇され、自分にも患者さんにも、現時点では接種させたくないという思いがあります。自分や患者さんが人柱になって率先してワクチン接種をする対象になるのは避けたいと思う反面、ワクチンが普及することは期待しているという身勝手さは否めません。
 
そんなことを考えながら、20201、新年を迎えて当院で診療を始めると、2月頃から、大げさではなく、家庭内~近所~地域へと怒涛の勢いで広がっていく人々の不安感を垣間見ました。そして否応なく、医療の在り方や政府の対応に不平不満が集中し、地域~国~世界単位で様々な課題が持ち上がりました。
 
新型コロナウイルスに恐怖し、町から人が消え、経済が混乱しました。新型コロナウイルス感染者が差別的な扱いを受けることもあり、それは例えば、キリストが存命していた時にハンセン病患者が熾烈な差別を受けていたことを彷彿とさせ、あるいは、日本においてもハンセン病患者が悲惨な差別を受けていた事例を思い起こさせるものでもありました。
 
様々な人の、様々な立場での、生活基盤の崩壊や不安の助長。
 
それらは必然的に、個人的な事情のみを訴えたり個人的主観のみで行動する人を生み出しました。多くの事象を一気に解消する方法は一通りではないため、そして利害が一致しにくい事象であればあるほど、不公平さや不満が先行してしまうものなのだと感じました。
 
(1974年製作 映画『砂の器』より。原作 松本清張、脚本 山田洋次 他。出演者 丹波哲郎・加藤剛・緒形拳・森田健作・島田陽子・加藤嘉・佐分利信などの豪華俳優が出演しています。ハンセン病 云々もさる事ながら、『宿命』というメインテーマ曲も含め、おすすめの名作映画です。)
 
 
新たに病原微生物が発見される度に、臨床医は、医学研究 (医学統計、ワクチン開発、薬剤開発など)に注目します。そして研究に携わって努力をしている人に尊敬の念を抱きつつ、その成果(開発された治療薬やワクチン)にあやかり、普段の診療に応用します。
 
しかしその過程において、新薬の副作用や新ワクチンの有害事象の観点から、動物実験で成功しても臨床現場には応用しにくいことも多々あり、また、国や県の方針として感染症対策を講じても、現実的には臨床現場では通用しないことも多々あります。
 
身体に関わることであるが故に慎重にならざるを得ないということは、反面、大衆のニーズに至急には応えられない一面もはらんでいます。
 
 
私が出来ることは、私と私の周囲の人が感染症にかからないよう注意を払い、私の患者さんを助ける努力をし続けることだと思いました。医師として日本の保険診療の複雑な在り方に不満もあり、医療費の国家的問題も認識しているし、様々な法律や規則に則って診療しなければならないジレンマもあります。けれど私には、国家の方針を変えたり世界を救ったりする力はありません。自分に与えられた時間と自分が可能な行動範囲を加味すると、医師であることを武器に、私と私の周囲の人や目の前にいる患者さんを最優先で守るということしかできません。『人類が皆…』という高尚な境地には至っていない分、どうしても目の前の患者さんが優先されます。
 
けれど、それで良いのだと自分に言い聞かせ、粛々と診療をし続けることに意義を見出そうとしています。私の患者さんが心身ともに穏やかでいることに喜びを感じ、ふと『ありがとね』と言われることに小さな誇りを感じ、自分の存在意義を確認でき、明日へつなげることができます。答えが見つからない問題は、考え続けるしかありません。
 
(手塚治虫『ブラックジャック』より)
 
 
人類が感染症に勝利した歴史は、現時点では唯一、天然痘のみです。
 
(天然痘患者:WHO資料より)
 
1977にソマリアで確認された天然痘患者を最後に、1980WHOは天然痘根絶宣言を行いました。その後、天然痘ウイルスはアメリカやロシアのウイルス研究所に保管され、バイオテロや感染事故の危険性を回避すべく、ワクチン製造のための弱毒化ウイルスのみ保存されています。
 
天然痘が根絶宣言された理由としては①『抗体産生が一生持続する』②『抗原変異性が無い』③『人間にしか感染しない』ことなどが挙げられます。逆に言えば、ほとんどの病原微生物は、人類から根絶できないということです。
 
その事実を踏まえると、これからも感染症と戦わなければならない歴史が繰り返され、事あるごとに恐怖させられることが予想されます。
 
天然痘に対する戦いの歴史は、バイオハザードという名の惨禍、パンデミック 、予防、根絶、バイオテロなどの点において極めて感染症の典型であるとされました。そして人類が人種や国や宗教などの違いを超えて一致団結して天然痘根絶を成功させたことは、すなわち、人類が皆で協力すれば、明るい未来を切り開けるという可能性を示唆しました。
 
 
感染症と戦っている人類とは、今まさに、私たちの事を指します。テレビやタブレットの中だけの出来事ではありません。
 
物事の本質や事実を正しく知って、歴史から学び、自分で善悪や是非を考え、他者の迷惑にならないよう自分ができることを精一杯やるのみであり、感染症と戦うためには、他者との協力が必要不可欠なのだと思います。
 
感染症という疾病に、少し興味を持っていただけたでしょうか?
 
2020年10月01日

 

私には、妹がいます。

 

13歳下なので、妹との初対面は私が中学生の時でした。妹が生まれた日のことは、とてもよく覚えています。

 

母出産の報告は、私が電話で受けました。受話器を置いてすぐに父に伝え、父の運転で病院へ向かいました。

まだ夜の7時頃だったけれど11月だったので辺りは暗く、到着した病院内は静かでした。なので私たち(姉、私、弟)は病院に向かう車の中では騒いでいたけれど、流石に病院に入ると静かになり、ぞろぞろと足早に廊下を歩いてエレベーターに乗り込みました。上の階に上がっている過程で、父が『電話では無事に生まれたって言ってた?大丈夫かな?』と、私に問うてきました。中学生だった私は、こういった状況で’父親’かつ’夫’かつ’医師’である者が何を考えているかなど、気に留めることはありませんでした。車の中でもエレベーターの中でも、私に同じ質問をしてきた父。そんな父を適当にかわしながら、私は心踊る気持ちで妹との初対面に向かって行きました。

 

今まで度々、父(当院の前院長)が母のお腹にエコーを当て、家族皆でエコー画面を覗き込みながら『今日も心臓は ちゃんとポコポコ動いてる!』『間違いなく女の子だね!』『足が長い!』『美人な顔!』と確認し合いながら妹を見ていたけれど、エコー画面上でしか見たことがなかったので、やっと実物として見ることができる日であり、高揚感が最高潮に達していました。

 

 

初めまして。

今 出会ったばかりなのに、抱いただけで愛おしく思える。これが正に『血は水より濃い』ということなのでしょう。

 

 

何事も起こらず無事に母と共に退院してきた後は、お風呂に入れたり、おむつを替えたり、離乳食を食べさせたり…。私のベッドで二人でお昼寝をしたり、ヨチヨチ歩きになった時には二人で手を繋いで動物園に行ったり…。

  • (妹 3歳, 福岡市動物園にて)

 

私が高校に登校するついでに幼稚園バスの所まで自転車に乗せて送ったり、小学校や中学校の授業参観に参加したり、高校の卒業式も見届けました。

 

妹の成長は、全て私の頭に記憶されています。

 

そして健康に育ち、現在、妹は大学生。

  • (妹 大学1年生, 大濠公園にて)

 

ちなみに、このブログを書いている今日(2020/9/6)は、大型の台風10号が九州に上陸するとの予報があり、私は『当クリニックが吹き飛びませんように。』とソワソワしています。しかし妹は試験期間中なので台風の到来には無頓着で、医学生らしく病理学や微生物学、薬理学や免疫学の試験勉強に勤しんでいます。

 

唐突に『半減期が3時間の薬物が定常状態になるのは何時間後?』とか『あのさ~、クラススイッチって…』とか『カンジダとかクリプトコックスの…』とか『DICの記述問題で…』など質問してくるので、自然に台風接近の危機感を忘れさせられます。

  •  

早く言葉を喋らないかな~と思いながら腕に抱いていた赤ちゃん姿だった妹が、今となっては私と同じ分野の勉強をし、学び合えることは、時の流れの速さに驚き焦燥する反面、とても楽しいものです。

 

当然 13年という歳の差に世代の違いを感じることもあり、理解しがたい上に憤慨するような持論を展開してくることもありますが、一方で、新しい感覚を教わり、私が思いも寄らない解決策を提案してくれることもあります。どちらにしても私に’何か’を刻んでくる妹は、私にとって大きな存在であることは間違いありません。

 

そしてまた、感謝の念を抱く対象でもあります。

 

例えば、ある程度の年齢に達した兄弟姉妹それぞれが、家族内の放棄できない問題を、各々なりに背負うという事態は、どの家族にも有ることだと思います。

 

身長47cm、体重2708gで産まれてきた小さかった私の妹が、時を経て、私の悩みを一緒に抱えてくれているのだと知った瞬間、よくぞ同士として相応しく成長してくれたと感慨深く、同時に、これから先も私の心の拠り所になってくれると確信しました。

 

 

舞ちゃんは、私の妹。

舞ちゃんは、私の光。

生まれてきてくれて、有難う。

 

2020年09月06日