私には、妹がいます。

 

13歳下なので、妹との初対面は私が中学生の時でした。妹が生まれた日のことは、とてもよく覚えています。

 

母出産の報告は、私が電話で受けました。受話器を置いてすぐに父に伝え、父の運転で病院へ向かいました。

まだ夜の7時頃だったけれど11月だったので辺りは暗く、到着した病院内は静かでした。なので私たち(姉、私、弟)は病院に向かう車の中では騒いでいたけれど、流石に病院に入ると静かになり、ぞろぞろと足早に廊下を歩いてエレベーターに乗り込みました。上の階に上がっている過程で、父が『電話では無事に生まれたって言ってた?大丈夫かな?』と、私に問うてきました。中学生だった私は、こういった状況で’父親’かつ’夫’かつ’医師’である者が何を考えているかなど、気に留めることはありませんでした。車の中でもエレベーターの中でも、私に同じ質問をしてきた父。そんな父を適当にかわしながら、私は心踊る気持ちで妹との初対面に向かって行きました。

 

今まで度々、父(当院の前院長)が母のお腹にエコーを当て、家族皆でエコー画面を覗き込みながら『今日も心臓は ちゃんとポコポコ動いてる!』『間違いなく女の子だね!』『足が長い!』『美人な顔!』と確認し合いながら妹を見ていたけれど、エコー画面上でしか見たことがなかったので、やっと実物として見ることができる日であり、高揚感が最高潮に達していました。

 

 

初めまして。

今 出会ったばかりなのに、抱いただけで愛おしく思える。これが正に『血は水より濃い』ということなのでしょう。

 

 

何事も起こらず無事に母と共に退院してきた後は、お風呂に入れたり、おむつを替えたり、離乳食を食べさせたり…。私のベッドで二人でお昼寝をしたり、ヨチヨチ歩きになった時には二人で手を繋いで動物園に行ったり…。

  • (妹 3歳, 福岡市動物園にて)

 

私が高校に登校するついでに幼稚園バスの所まで自転車に乗せて送ったり、小学校や中学校の授業参観に参加したり、高校の卒業式も見届けました。

 

妹の成長は、全て私の頭に記憶されています。

 

そして健康に育ち、現在、妹は大学生。

  • (妹 大学1年生, 大濠公園にて)

 

ちなみに、このブログを書いている今日(2020/9/6)は、大型の台風10号が九州に上陸するとの予報があり、私は『当クリニックが吹き飛びませんように。』とソワソワしています。しかし妹は試験期間中なので台風の到来には無頓着で、医学生らしく病理学や微生物学、薬理学や免疫学の試験勉強に勤しんでいます。

 

唐突に『半減期が3時間の薬物が定常状態になるのは何時間後?』とか『あのさ~、クラススイッチって…』とか『カンジダとかクリプトコックスの…』とか『DICの記述問題で…』など質問してくるので、自然に台風接近の危機感を忘れさせられます。

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早く言葉を喋らないかな~と思いながら腕に抱いていた赤ちゃん姿だった妹が、今となっては私と同じ分野の勉強をし、学び合えることは、時の流れの速さに驚き焦燥する反面、とても楽しいものです。

 

当然 13年という歳の差に世代の違いを感じることもあり、理解しがたい上に憤慨するような持論を展開してくることもありますが、一方で、新しい感覚を教わり、私が思いも寄らない解決策を提案してくれることもあります。どちらにしても私に’何か’を刻んでくる妹は、私にとって大きな存在であることは間違いありません。

 

そしてまた、感謝の念を抱く対象でもあります。

 

例えば、ある程度の年齢に達した兄弟姉妹それぞれが、家族内の放棄できない問題を、各々なりに背負うという事態は、どの家族にも有ることだと思います。

 

身長47cm、体重2708gで産まれてきた小さかった私の妹が、時を経て、私の悩みを一緒に抱えてくれているのだと知った瞬間、よくぞ同士として相応しく成長してくれたと感慨深く、同時に、これから先も私の心の拠り所になってくれると確信しました。

 

 

舞ちゃんは、私の妹。

舞ちゃんは、私の光。

生まれてきてくれて、有難う。

 

2020年09月06日